フィギュア三宅星南の名前の由来であるF1レーサーアイルトン・セナとは?偉業や名言・事故についても紹介

アイルトン・セナと言えば誰もが一度ぐらいは聞いたことがあるのではないでしょうか?

さて。

アイルトン・セナが名前の由来であるフィギュアスケートの三宅星南(せな)選手が西日本選手権・ジュニア男子フリー(滋賀県アイスアリーナ)で優勝しました!

おめでとうございます!

「氷上のアイルトン・セナ」なんて呼び名が付き話題となっていますね。

これから羽入選手に続く日本を代表する選手になりそうな気がします。

星南選手のお父さんがF1好きという事でアイルトン・セナが名前の由来となっているそうですが、ではアイルトン・セナはどのような人だったのでしょうか?

アイルトン・セナとはF1好きな人なら知らない人はいないほど有名なF1レーサーで、日本では「音速の貴公子」と呼ばれ、3回のF1ワールドチャンピオンを獲得した人です。

セナは連続ポールポジション8回や連続フロントロー獲得24回など未だに破られていない多くの偉業を達成しています。

また、「2位になるということは敗者のトップになるということ」など多くの名言も残しています。

そんなF1のスーパースターでしたが、1994年第3戦サンマリノGPで事故を起こし亡くなっています。

凄い偉業を成し遂げた人物としてF1ファンであれば自分の子供に名前を付けたくなるのも私はうなずけます。

この記事では三宅星南選手については他の記事でも紹介されそうなので、私はF1で有名なアイルトン・セナについて

  • F1レーサーアイルトン・セナとはどんな人なのか?
  • アイルトンセナの偉業や名言
  • 事故について

以上を紹介していきます(笑

目次【本記事の内容】

フィギュア三宅星南の名前の由来であるF1レーサーアイルトン・セナとは?

フィギュアスケートの三宅星南選手の名前の由来であるF1レーサーのアイルトン・センとはどんな人物なのでしょうか?

F1レーサーアイルトン・セナとは「四強」と呼ばれた人物

アイルトン・セナ・ダ・シルバはブラジルのサンパウロの出身で3回のワールドチャンピオンを獲得した人物です。

アラン・プロスト、ネルソン・ピケ、ナイジェル・マンセルに並ぶ1980年代から1990年代前半のF1を象徴する存在として、「四強」「ビッグ4」「F1四天王」呼ばれる事もあります。

日本では「音速の貴公子」の名で知られています。

アイルトン・セナの偉業

アイルトン・セナは多くの偉業を成し遂げた人物です。

現在塗り替えられているものもありますが、当時1位であったり、未だに破られていない記録も多くあります。

  • ワールドチャンピオン獲得3回(歴代5位タイ 当時歴代2位タイ)
    • 1988年、1990年、1991年
  • 優勝41回(歴代5位 当時歴代2位)
    • 1991年第2戦ブラジルGPでジャッキー・スチュワートの27勝を更新。
  • ポールポジション65回(歴代3位 当時歴代1位)
    • 1989年第5戦アメリカGPでジム・クラークの33回を更新。2006年第4戦サンマリノGPでミハエル・シューマッハが更新。
  • 年間ポールポジション13回(歴代3位タイ 当時歴代1位)
    • 1988年、89年に連続して記録。1973年のロニー・ピーターソン、1974年、1975年のニキ・ラウダ、1984年のネルソン・ピケの9回を更新。1992年にナイジェル・マンセルが更新。
  • 年間ポール・トゥ・ウィン7回(歴代5位 当時歴代1位)
    • 1988年、91年に記録。それまでの5回を更新。1992年にナイジェル・マンセルが更新。
  • 連続ポールポジション8回(歴代1位)
    • 1988年第14戦スペインGP – 1989年第5戦アメリカGPにかけて記録。
  • 連続フロントロー獲得24回(歴代1位)
    • 1988年第9戦ドイツGP – 1989年第16戦オーストラリアGPにかけて記録。
  • 同一GPでの連続PP7回(歴代1位)
    • サンマリノGPにおいて、1985年 – 1991年にかけて記録。
  • 同一GPでの連続優勝5回(歴代1位)
    • モナコGPにおいて、1989年 – 1993年にかけて記録。
  • 開幕からの連続優勝4回(歴代3位タイ 当時歴代1位)
    • 1991年に記録。それまでの記録2勝を更新。1992年にナイジェル・マンセルが更新。
  • 開幕からの連続PP6回(歴代2位タイ 当時歴代1位)
    • 1988年に記録。1977年のジェームス・ハントの3回を更新。1993年にアラン・プロストが更新。
  • モナコGP6勝(歴代1位)
    • 1993年に更新。1987年、1989年 – 1993年に記録し、1969年にグラハム・ヒルが記録した5勝を更新。

参照:ウィキペディア

数多くの名言

また、多くの名言も残しています。

以下で紹介していきます。

  • 2位になることは敗者の中でトップになることだ
  • 勝つことが最も重要なことだ。全てが勝利に帰結する。
  • 私の体の限界、心理的な限界について学び、さらにその先へ行く。それが私の生き方だ。
  • 生きるならば、完璧に生きたい。僕は強烈な人間だから。もし中途半端に生きるのなら人生は台無しになる。
  • あなたが誰であろうと、金持ちだろうが貧しかろうが、どんな社会的地位にいようが、常に最高の力と決意をもち、多くの愛情と神への深い信仰をもって物事に取り組む。そうすればいつかきっと目標を達成する。
  • お金は不思議なもの。持っていない人は持つことを望み、持っている人はそのせいで多くのトラブルに見舞われる。
  • サーキットに小さな事故は存在しない。
  • レース、競争すること、それは私の血に流れているものだ。それは私の一部であり、人生の一部である。私はずっとやり続けており、他のどんなことよりも際立っている。
  • 私にアイドルはいない。私は、仕事、献身、技量を賞賛する。
  • 突然、意識的に運転してないことに気づいた。私はある種の本能で運転していだが、私だけ異なる次元にいたようだった。
  • あなたが限界を感じたとき、何かが起こり、少しその先に行けるようになる。あなたの力、決意、本能、そして経験により非常に高く飛ぶことができる。
  • レースに勝利したときのドライバーの気持ちは、決してわからない。ヘルメットに隠された感情を理解することはできない。
  • それはほんの一瞬の出来事だ。
  • 危険を知るのは刺激的だ。新しい危険を見つけることは挑戦だ。
  • 私は2位や3位になるために作られていない。私は勝つために作られている。
  • 女性。彼女たちにはいつも悩まされるが、彼女たちなしでは生きていけない。
  • 勝つために妥協しなくてはならない。そうでなくては無意味だ。つまりレースをするするしかない。
  • ある日、ある状況で、あなたは自分に限界があると感じる。
  • 恐怖は刺激的だ。
  • レーシングカーに乗って勝つためにレースしているのに、2位や3位では満足できない。
  • その日は必ず訪れる。それは今日かもしれないし50年後かもしれない。確かなことはその日は必ず訪れるということ。
  • 健康と生命は神が私たちに与えてくれる非常に重要な贈り物であると理解している。この重要な送り物を大事にするのは我々の責任だ。
  • 大事なことは、自分自身でありつづけることであり、他の人たちにあなたの邪魔をしたり、あなたを変えるようなことを許さないこと。
  • 自分の性格で間違いを犯したとしても、あなたは自分自身でありつづける必要がある。
  • 私の人生はずっとそうだ。常にずっと改善・改良しつづける。終わりはない。進むにつれてより多くのものを見つけられる。魅力的なことだ。
  • 純粋なドライビング、本物のレース。それが幸せにする。
  • 最大のエラー?まだこれからだ。

これは、アイルトン・セナがF1レーサーとして偉大なレーサーであったから多くの名言が残っているのだと思います。

1994年に起きた事故について

1994年第3戦サンマリノGPで「タンブレロ」という超高速の左コーナーがあるのですが、突然マシンが不安定となりグリップを失い、曲がり切れずに直進してコンクリートウォールに激突。

そのまま帰らぬ人となりました。

34歳という若さで、日本でもニュース速報やワイドショーで報じられるほどの衝撃でした。

私も小学生ながら、そのニュースを見てショックを受けたのを覚えています。

まとめ

フィギュアステート三宅星南選手の名前の由来であるアイルトン・セナとは

  • F1 では「四強」と言われる人物の一人
  • 数々の偉業を達成している。
  • 名言も多く残っているほど。
  • 1994年第3戦サンマリノGPにてクラッシュし34歳という若さで亡くなる

まだまだここでは語りつくせない程の凄い人物であるアイルトン・セナ。

三宅星南選手にも後世に語り継がれるフィギュアスケーターになれるよう応援しています!

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